MBSが放送した大阪市阿倍野区職員のカラ超勤問題以降、連日のように大阪市の問題が報道され、京都市を含め他の自治体にも同様の体質があるのではないかといわれています。そこであらためて大阪市でなぜここまで異常な状態が発生したのか、そして今まで継続したのかについて大阪市当局と大阪市労連との関係から考えてみるといくつかの特徴があります。
第一の特徴は、大阪市当局と連合・自治労に属する大阪市職員労働組合、大阪市従業員労働組合、大阪交通労働組合、大阪市水道労働組合などで構成されている大阪市労働組合連合会(略称 市労連4万人))と大阪市当局の癒着、一体化とも言える実態です。歴代の大阪市長は「助役から市長への世襲」と言われるように一九六三年から現在の関市長まで、四二年間の長期にわたって市役所内から、しかも市長に次ぐナンバー2である助役が市長になってきました。そして市長選挙の度に実質的に最大の支援部隊となってきたのが大阪市労連であり、政党として支えてきたのが共産党を除くオール与党体制でした。
第二の特徴は、一九七〇年代後半以降、大阪市労連が賃金闘争の解決に当たって給与上の改善が困難な状況の中で「福利厚生事業への転換」で解決をはかり、本来の賃金闘争からは異なる方法で決着をつけ、市民からはわかりにくく見えない方法と内容になったことです。その結果、「福利厚生による厚遇問題」を生む構造がつくられ、問題を労使一体となって隠蔽する体質を生んだといえます。
第三の特徴は、大阪市労連が実質的な財政破綻に陥った開発型行政をはじめとした、市政政策の根幹に関わる内容での批判的見解や具体的提言などを出すことなく、市民との距離が大きく開き、逆に当局との距離が一気に縮まり一体化していったことです。
以上のような状況を背景に、(1)市長選挙での庁内支持を確実にし、労働組合が選挙での実働部隊となったこと、(2)市政運営の根幹において労使の対立を避け「馴れ合い」「癒着」の構造をつくりあげたこと、(3)与党、財界一体となった開発行政推進に対する一切の内部批判を封じることに成功したこと、(4)大阪市労連は当局から経済的「成果」を獲得し、人事における差別的処遇を追認し大きな影響力と力を持つに至ったとはいえ、完全に当局に取り込まれたことがいえます。そしてそこには市民の立場を放棄した右翼的労働組合の典型的な姿が読み取れます。