京都市職労ホットライン

御池五目飯


御池五目飯


「小泉劇場」の監督たち

2005/8/20

 東北地方に大地震、大雨もあり、酷暑も続く。 
 飛行機のエンジンは空中で火を噴き、インターネットを利用した窒息連続殺人は起こる。
 自らが政治の中心で世の中がその周りを回っている自己中説を唱える小泉首相は、何を血迷ったか、地動説を唱え宗教裁判にかけられたガリレオ・ガリレイに自らをたとえる。

 年末に清水寺の森清範管主はこの一年をどんな「ひと文字」で表現するのか楽しみだ。

 当初は「自爆解散」「やけくそ解散」などと思っていたが、その後の展開をみるとどうもそうではなさそうだ。
 あの異様な雰囲気をかもしだしていた解散翌日の記者会見も、その後の小池百合子、片山さつき、猪口邦子などの女刺客の続けざまの擁立は、実に用意周到でとてもその場しのぎ、場当たり的対応ではない。
 このまま、30日の公示日まで延々と自民党候補者問題がマスコミの主役の座をしめてしまい、自民党候補者の知名度アップと二大政党制実現に貢献するマスコミは、批判精神を忘れ、まさに体制補完の役割を果たしている。

 こうしてみると、完璧なまでのマスコミ操作、二大政党制の世論作り、官から民への意識づけ、今回の解散劇も、実は思い付きどころか、綿密に練り上げられた高等戦術だということがわかる。
このままでは、戦後初めて「政治が全く語られない」総選挙で「日本の針路」が決まることになってしまう。「小泉劇場」そのものだ!

 一体いったい誰がこんなことを?
 底流に流れる立場は、強者優遇、弱者切捨ての「勝ち組・負け組」政治。従来の日本を支えてきた重厚長大産業中心の財界から、多国籍企業化企業中心の財界へのシフト、そしてアメリカに追随して「戦争する国」への転換。そこに見える姿は新自由主義経済と日本版ネオコン政治。

 こんな危険な動きも、「小泉構造改革」を実体験してきた私たちの怒りの声を力に、審判を下したい。


東京出張 靖国神社の灯篭

2005/8/1

■靖国神社は「不戦の誓い」の場なのか?

 小泉首相が「二度と戦争を繰り返してはならないという不戦のちかいから自分は参拝した」(2005年6月の日韓首脳会談における日本側の説明)という靖国神社を一度この目で確かめてみようと、東京出張のおりに九段下の靖国神社を訪れてみた。

 入り口の日本一と言われる高さ25メートルの大鳥居(平安神宮の大鳥居は24.4メートル)下を通ると、日本軍の基礎を作ったといわれる司馬遼太郎の小説「花神」でも有名な大村益次郎の銅像が高くそびえる。

大鳥居
石灯篭

 そしてさらに足を進めると第二の鳥居の左右に巨大な石灯篭が待ち受けている。右の灯篭は海軍をテーマにし、左の灯篭は陸軍をテーマにしている。この灯篭は「富国徴兵保険」(今の「フコク生命」、正式名称は「富国生命保険相互会社」)が満州事変を機に、軍隊が拡大され、業績が伸びたので靖国神社に奉納したものとのことである。中国大陸への野蛮な侵略戦争を支える人的資源を確保するための徴兵制。それにより戦地に送られた兵士の命とひきかえにその家族から吸い上げた保険料によって収益が伸びたのであろう。そう思うと、第二の鳥居の左右に鎮座する大石灯篭は、侵略戦争とそれによって富んだ人たち、犠牲となった人たちの明暗を一層際立たせるものに見える。
 灯篭の大きさにも驚くが、それ以上に衝撃を与えるのはその台座を飾るレリーフだ。

 日本の侵略を喜び日の丸の小旗をふる中国の子供たち、爆弾を抱えて敵陣へと突撃する3人の若い兵士たちを表し、軍国美談とされた「爆弾三勇士」、などなど。さすがに戦後は「軍国主義的だ」とコンクリートで目隠しをされたそうだが、1957年にははずされ現在にいたっている。


 靖国神社は憲法の政教分離規定により、廃止になるか宗教法人となるかを迫られ、1952年に陸軍省・海軍省所管の国家機関から宗教法人となった。
そして1954年防衛庁が設置され陸・海・空自衛隊発足で日本が大きく右傾化、軍国主義化をした時期にあわせて侵略賛美、軍国主義礼賛のレリーフは姿をあらわした。
  第三の鳥居をすぎた拝殿、本殿。遊就館については次の機会があったらご紹介を。



■聞こえてくる本音は「不戦の誓い」どころか「戦争に負けない決意」

 小泉首相の靖国発言に惑わされている間に、実は自民党のみならず、いやそれ以上に危険な政治家たちが世論作りに血眼になっている。内輪の集会で語られる本音は憲法改悪と侵略への旗振り。参考までに紹介を。
  七夕の日、小泉首相の靖国参拝を支持する集会に出席した民主党の西村真悟衆議院議員は「靖国に参拝する事によって、今度戦争をするときは断じて負けないという誓いを新たにしないといけない」と発言。新聞からそのときのいくつかの発言を紹介する。

「近い将来、わが国は戦争を受けて立たねばならないこともありうる。」
「(東シナ海と台湾海峡を明示して)ここがわが国の生命線であります」
「(戦争責任とは)勝てる戦争を指導を誤ったがゆえに負ける戦争にしてしまった責任である」

 そして防衛を支える会機関紙には次のような投稿をしたと自らホームページで誇らしげに紹介している。

「我が国においても、臆病公家と売国奴が巣食う永田町から離れたところから、日本人の救国のエネルギーを統合する動きが始まるだろう。そして、靖国神社の封印が解かれる。この一点が突破できれば、あとは自ずから掌中にある。国軍の創設、教育の再興および真の憲法の制定などが掌中に入るのだ。
  我々の世代は、この壮大な大転換戦を戦い抜く責務を負っている。丁度、靖国の英霊が熱い戦闘を戦い抜く責務を負っていたように。」


  ここまであからさまに言われると彼らが何を目的として靖国神社参拝を強行しようとしているのかがよくわかる。
  郵政解散で総選挙がささやかれるこの時期、あらためて政党と国会議員を再チェック!


「大阪市の職員厚遇問題」労使の関係から見えるもの

2005/4/18

 MBSが放送した大阪市阿倍野区職員のカラ超勤問題以降、連日のように大阪市の問題が報道され、京都市を含め他の自治体にも同様の体質があるのではないかといわれています。そこであらためて大阪市でなぜここまで異常な状態が発生したのか、そして今まで継続したのかについて大阪市当局と大阪市労連との関係から考えてみるといくつかの特徴があります。

 第一の特徴は、大阪市当局と連合・自治労に属する大阪市職員労働組合、大阪市従業員労働組合、大阪交通労働組合、大阪市水道労働組合などで構成されている大阪市労働組合連合会(略称 市労連4万人))と大阪市当局の癒着、一体化とも言える実態です。歴代の大阪市長は「助役から市長への世襲」と言われるように一九六三年から現在の関市長まで、四二年間の長期にわたって市役所内から、しかも市長に次ぐナンバー2である助役が市長になってきました。そして市長選挙の度に実質的に最大の支援部隊となってきたのが大阪市労連であり、政党として支えてきたのが共産党を除くオール与党体制でした。

第二の特徴は、一九七〇年代後半以降、大阪市労連が賃金闘争の解決に当たって給与上の改善が困難な状況の中で「福利厚生事業への転換」で解決をはかり、本来の賃金闘争からは異なる方法で決着をつけ、市民からはわかりにくく見えない方法と内容になったことです。その結果、「福利厚生による厚遇問題」を生む構造がつくられ、問題を労使一体となって隠蔽する体質を生んだといえます。

第三の特徴は、大阪市労連が実質的な財政破綻に陥った開発型行政をはじめとした、市政政策の根幹に関わる内容での批判的見解や具体的提言などを出すことなく、市民との距離が大きく開き、逆に当局との距離が一気に縮まり一体化していったことです。

以上のような状況を背景に、(1)市長選挙での庁内支持を確実にし、労働組合が選挙での実働部隊となったこと、(2)市政運営の根幹において労使の対立を避け「馴れ合い」「癒着」の構造をつくりあげたこと、(3)与党、財界一体となった開発行政推進に対する一切の内部批判を封じることに成功したこと、(4)大阪市労連は当局から経済的「成果」を獲得し、人事における差別的処遇を追認し大きな影響力と力を持つに至ったとはいえ、完全に当局に取り込まれたことがいえます。そしてそこには市民の立場を放棄した右翼的労働組合の典型的な姿が読み取れます。


石破茂の「新・防衛論」 戦争する「普通の国」

2005/4/1

 2月26日「防衛シンポジウム2005in京都」がキャンパスプラザで開催され会場は300名満員となった。京都府防衛協会会長村田純一氏(京都商工会議所会頭)も座談会に参加。しかしなんといってもメインは、あの石破茂前防衛庁長官。
  話しは単純すぎるほど単純、そして明快すぎるほど明快。

  • 「この素晴らしい民主主義や人権を守っているのは日本という国家です。この国家が脅かされたとき権力を集中し権利を制限しなければ国家を守れません」
  • 「北朝鮮のミサイルは日本に狙いを定めて脅しをかけようとしています。一機百億円のF15も世界最高の性能を持つイージス艦もあるがこれは攻撃を追い返す力はあるけど攻める力はありません。この脅しから日本を守るには飛んでくるミサイルを確実に落とす弾道ミサイル防衛構想以外にないじゃないですか」
  • 「自衛官になるとき服務の宣誓をします。『事に臨んでは危険を顧みず、身を挺して職務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえる』この誓いをした集団に信頼される政治であるか、国民はその集団に対してどのような思いを持つべきか、これは国家の在り方に関わる問題です」
  • 「21世紀の日本にとって大事な事の一つは国民がどれだけ自衛隊を信頼し分かるのかは重要です。自衛官に信頼される政治であるのかをいつも問い直す必要があります」

 国家が最大の守るべきものであり、自衛官に信頼される政治こそ21世紀の政治とは。 こうして並べてみるとその狂気ぶりがよくわかる。
  世界中のどこでも戦争をして血を流す「普通の国」より戦争をしない平和を発信し続ける「特別の国」でありたいものだ。


平和への祈り  雪の鞍馬寺より

2005/2/14

 底冷えの京都に降り積もる雪に身を引締めながらも、心を躍らせながら雪の鞍馬寺に。出町柳発、2輌編成の叡電は、なんとパノラマ式座席が横1列に並ぶ最新式のパノラミック電車「きらら」、車窓からの眺めも市原駅あたりを通過すると急に白の色調にと変わる。

鞍馬寺 鞍馬寺は、万物を生かし存在させる宇宙生命・宇宙エネルギーであり本尊である「尊天」から積極的に生きる活力を与えてもらう寺で、鞍馬山はその深い緑の中に「尊天」の活力が満ち満ちているとのことである。
  そのため宗派にこだわらず、各自が自由に鞍馬山の自然からエネルギーを感じ取れば良いということで、境内や参道には宗教特有の重苦しさや堅苦しさがないのがありがたい。
  「本殿金堂」に行くには鞍馬山ケーブルで行く方法もあったが、健康とダイエットのために徒歩で行く事に。でも、やっぱり気になりケーブル乗り場をのぞいてみると、運賃ならぬ「諸堂維持御寄付」と書いてある。日本で唯一の宗教法人が運営するケーブルのためとのことだった。

平和への祈り 「由岐神社」の急な階段を登り、牛若丸が10年間住んだとされる地に建立された「義経供養塔」を過ぎると、雪を頂いた掲示板の「平和への祈り」目に入りしばしたたずむ。



平和への祈り

テロはやめよう 戦争もやめよう
どちらも無慈悲で残酷だ
真の平和を願ってひたすら祈ろう
    
現象の根源
世の中の現象にはその源がある、現象への対処だけでは
何事も解決しない。「原清からざれば末清からず」現象
の源を清めない限り同じことを繰り返す。

根源は人間の意にある
怨みと報復の意が湧き上る時も、心を静め、真実の道理を
弁えて行動すべきである。みだりに命を奪い、傷つけ合う
ことを行ってはならない。

みんな結ばれている
地球上は羅網の世界である、人と人、人と自然、国と国、
互いに網の目のように連なり響き合う。己ひとりだけ、
自国だけということはあり得ない、互いに関わり合っている。

およそこの世において、怨は怨によりてしずまることなし、
怨をすててこそしずまるなれ、これ不変の真理なり

「法句経」



 休む間もなく九十九(つづら)折りの急勾配参道を、寒い中汗をかきかき「本殿金堂」に到着。中に入ると日本国憲法は日本の宝の張り紙がさりげなく、しかし存在感を持って張ってある。



その昔
一の谷、屋島、壇の浦
戦って戦って戦った義経は
戦いのむごさ むなしさに気づき
平泉では戦いませんでした

すこし前
真珠湾 硫黄島 沖縄
戦って戦って敗れたわが国は
戦争の悲惨さ理不尽を知り
永久に戦わないと誓いました

戦争で悲しまないために
戦争で悲しませないために
平和の道を目指したのです
「日本国憲法」は平和の基盤
日本が世界に誇れる宝です

本殿金堂
その昔

2005年 新年あけましておめでとうございます

2005/1/4

 昨年1年間を象徴する世相漢字は「災」(2004年今年の漢字)でした。

 新潟県中越地震や台風23号による京都府北部をはじめとした地域での風水被害は、自然の驚異をまざまざと見せつけた自然「災」害であると同時に、現地調査をしてみると、直接の被害とその後の復興支援策の実態は、住民にとって天「災」ではすまされない人「災」であるともいえます。 台風被害の様子4(大江町)
台風被害の様子1(舞鶴市) 台風被害の様子2(舞鶴市) 台風被害の様子3(大江町)


  また、長崎や奈良での子供が被害者となる事件や相次ぐDVに関する事件、イラクでの人質殺害事件そしてアメリカのイラクでの殺戮など「災」の一文字で表現するにはあまりにも悲惨で、許しがたいものであり怒りを禁じえません。


 しかし、「人間が自然に対していかに無力か痛感した」とか「人間の本能だ」と言って現実から目をそむけるわけにはいきません。
 自治体の本来の役割が「住民福祉の向上」であることを考えると、これら「災」を最大限予防し、住民の立場からの復興を一刻も早く実施し、安全な地域社会をつくること、そして、平和を願う声を日本はもとより世界へと発信することは、京都市にとっても、そこに働く私たち自治体労働者にとっても死活的に重要であるといえます。


 政府・財界は市民生活にかかわる全てを「公」から「民」へを合言葉に、市場経済、効率最優先の自治体へと変えて、それにふさわしい公務員制度へと改悪しようとしています。
 このようなときだからこそ私たちは、職場内の要求運動にとどまることなく、広く市民の中に入り、市民生活を励まし、連帯する運動を職場から作っていく年にしようではありませんか。



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