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2019年07月18日

自治労連弁護団意見書【介護保険認定給付業務の民間委託の法的問題点】

介護保険認定給付業務の民間委託の法的問題点

2019年6月24日
京都自治労連弁護団

1 はじめに

京都市は、2018年12月13日、「介護保険認定給付業務の見直しについて(提案)」という文書(以下「提案書」という)において、「平成32年4月1日以降、保健福祉局健康長寿のまち・京都推進室介護ケア推進課(以下『介護ケア推進課』という。)に業務集約したうえで、郵送、入力等の業務を民間企業に委託することとし、認定給付嘱託員及び訪問調査嘱託員の職を廃止することを予定」との方針を打ち出した。この方針においては、「郵送、入力等の業務」という定型的・機械的業務についてのみ民間委託するかの記載がなされているが、認定給付嘱託員及び訪問調査嘱託員の行う業務は、定型的・機械的業務に留まるものではない。

これらの職を廃し民間に委託するということは、実態として、介護保険法において、市区町村の業務とされている介護保険認定給付業務について、広範に民間事業者に委託することを意味しており違法である。

また、市職員による民間事業者の従事者に対する直接指揮が避けられず偽装請負となる点も違法である。

2 市の事務を民間事業者に委託することは法令に違反するおそれがある

(1) 介護保険認定給付業務の重要性

介護保険の認定給付業務は、法令により市区町村が所掌する業務である。その趣旨は、介護を必要とする市民に対し適切な公的給付を行い、もって市民の生存権(憲法第25条)を確保することにある。このように介護保険認定給付業務が市民の基本的人権を確保するという地方自治体の最も重要かつ基本的な役割の一つであるからこそ、特定の利害関係を有する民間の営利事業者ではなく、公平公正な立場である市区町村が所掌することとなっているのである。

また、介護保険の認定申請に際しては、市民の個人情報が申請書に記載をされることになり、個人情報の適正な管理の観点からも、民間事業者ではなく市区町村が所掌する業務とされてきたのである。

(2) 介護保険認定給付業務民営化の問題点

現段階では、介護保険の認定給付業務のどの部分が民営化されるのかは、必ずしも明確ではない。しかし、介護保険認定給付業務は、住民の基本的人権の保障、個人情報の適正な管理など、重要な役割を担う業務であることは上記の通りであり、こうした業務に関する安易な民間委託の拡大は、各種法令に違反する事態を招きかねない。

例えば、提案書に記載されている「入力等の業務」に当たる受付をした申請書の入力をする業務に当たっては、申請書が法令上の要件を満たすか否かについて判断を要する事項が多岐に及んでおり、これらの点を審査し市職員が判断する前に申請書の入力をすることは許されない。

3 偽装請負のおそれがある

(1) 偽装請負となるおそれがある民間委託

ア 民間委託は、一般には業務処理に関する請負契約であるが、受託企業が発注自治体に労働者を派遣する側面をもつため、あくまで請負という実態を有するためには、労働者に対する指揮命令は受託企業が自ら行い、発注自治体が指揮命令を行わないことが必要である。

イ この点については、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区別に関する基準」(昭和61年4月17日労働者告示第37号、いわゆる「37号告示」)が、①「自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること」、及び、②「請け負った業務を自己の業務として当該契約の相手方から独立して処理するものであること」を、労働者派遣ではなく請負であると認められるための要件として示しており、これに基づき厚生労働省・都道府県労働局が作成した「労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド」では、請負労働者の業務の指示に関して、具体的な判断基準が示されている。

ウ それゆえ、民間委託が偽装請負とならないためには、自治体職員が請負労働者に業務上の指示をしたり、請負労働者の管理・監督してはならないことはもちろん、民間事業者ないしその管理責任者への発注行為も、発注権限を有する職員から行われなければならない。発注権限のない一般の自治体職員からの発注行為の実態は、請負労働者に対する業務に関する指示・管理であり、偽装請負となる。

エ 例えば、法務省民一317号通知によれば、窓口業務の民間委託は「市区町村職員が業務実施官署内に常駐し、不測の事態等に際しては当該職員自らが臨機適切な対応を行うこと」を前提としている。民間事業者の事務処理にあたって委託自治体の職員が臨機適切に指示をするということは、とりもなおさず職員が随時民間事業者の労働者に直接の指揮命令をしなければならないことを意味し、これでは37号告示が定める「業務の遂行に関する指示その他の管理」を受託企業が「自ら行う」(第2条1イ)との要件を満たさないことになる。

オ 作業の内容、順序、方法等に関する指示や管理は、契約書等の文書に明示したやり方で行ったとしても偽装請負にあたることは、以下の厚生労働省の見解からも明らかである。

厚生労働省・都道府県労働局が発行している、「労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド」は、37号告示について具体的な事例に基づいて解説をしたものである。同ガイドによれば、「適切な請負と判断されるめには、業務の遂行に関する指示その他の管理を請負事業主が自ら行っていること、請け負った業務を自己の業務として相手方から独立して処理することが必要」であり、仕事の順序・方法等の指示は「口頭に限らず、発注者が作業の内容、順序、方法等に関して文書等で詳細に示し、そのとおりに請負事業主が作業を行っている場合も、発注者による指示その他の管理を行わせていると判断され、偽造請負と判断される」(同ガイド9頁)と明示している。

例えば、市職員が、具体的な業務指示を内容とする文書を作成し、これを請負業者の責任者に交付し、責任者がその内容通りに業務指示を行った場合には、偽装請負にあたり違法である。

カ 機械、設備、器材、作業に必要な材料、資材も、市区町村が用意したものであって民間事業者が自ら提供したものではなければ、37号告示が定める「自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡易な工具を除く。)又は材料若しくは資材により、業務を処理する」ものであって「単に肉体的な労働力を提供するものでない」(第2条2ハ(1))との要件を満たさないことになる。

(2) 管理責任者の実態がなければ偽装請負

このように、37号告示によれば、現場での作業の遂行に関する指示、請負労働者の管理、発注者との注文に関する交渉等は当該事業主が自ら行う必要があり、当該作業場に管理責任者を置く場合でも、その管理責任者は事業主に代わってこれらの権限を行使し得る者でなければならず、かつ、現にその権限を注文者から独立して行使しなければならない。

したがって、民間委託の現場において、受託事業者が労働者に「管理職」あるいは「管理責任者」といった肩書きを付与したとしても、37号告示に基づく具体的判断基準に照らして、事業主に代わる権限とその権限に基づいて業務指示等を行っているという実態がなければ、それは「管理職」あるいは「管理責任者」を偽装したものというほかなく、「偽装請負」となることは避けられない。

4 個人情報の保護が低下するおそれがある

介護保険認定給付業務は、市民の住所氏名はもちろんのこと、市民の身体状況、生活環境、家庭環境等の情報に必然的に接する業務、すなわち市民のプライバシーに関する個人情報を取り扱う業務である。こうした情報に民間事業者が接することは、住民の個人情報の保護や憲法で保障されたプライバシー権を脅かすものである。

行政と民間事業者との間で、個人情報を保護する旨の協定が結ばれたとしても、公務員であれば懲戒処分や刑事罰が設けられていることと対比すれば、個人情報の漏えい等の問題が生じる危険性は著しく高い。

ひとたび個人情報の漏えいが生じれば、行政としても住民に対する損害賠償のリスクを負うこととなる。例えば、宇治市の管理に係る住民基本台帳のデータを使用した乳幼児検診システムの開発業務を民間業者に委託したところ、再々委託先のアルバイト従業員が同データを不正にコピーして名簿販売業者に販売した事件が起こり、これについて提起された裁判では、プライバシー侵害が認定され、宇治市に対し、住民一人あたりに1万円の損害賠償を支払うことを命じる判決がなされている(大阪高裁平成13年12月25日判決・宇治市個人情報流出事件、LLI/DB判例秘書登載)。

5 住民サービスの低下のおそれ

(1) 業務の非効率化

民間委託において偽装請負を避けようとすれば、業務について自治体職員と受託企業の従事者の間で直接のやりとりができなくなる。窓口でトラブルが発生したり、自治体職員の判断を仰ぐことが必要な場合であっても、自治体職員と受託企業双方の管理職を通じたやりとりしかできなくなる。

これでは業務がかえって非効率となり、住民サービスの低下を招くおそれがある。

(2) 専門性・継続性の喪失

介護保険認定給付業務は、専門的な知識を必要とするものであり、職員が継続的に従事することで、専門性を高め、経験やノウハウを蓄積しているものである。

例えば、生活保護課など他課との連携による適切な公的サービスの提供は、同じ地方公共団体内の職員同士であるからこそ実現可能であり、職員相互の経験やノウハウの蓄積の元になされているものである。

ところが、民間委託が実施されれば、業務を担当する者が自治体職員から受託会社の社員に移行するため、当該業務について自治体職員に蓄積され、継承されてきた専門性、ノウハウや経験が失われることになる。さらには、受託業者においても、契約期間の終了に伴う受託業者の入れ替えや企業内の社員の入れ替えなどによって、公務に必要な専門性や経験が蓄積されず、住民サービスの低下を招くおそれがある。また、受託業者が担当する部署におさまらない複数の課を横断する対応を受託者の職員が臨機応変に行うことは不可能となる。

(3) 受託業者の途中撤退のおそれ

受託企業が委託契約の途中で撤退し、住民サービスが損なわれる危険がある。

受託企業は、民間事業者として営利を追求するものであり、採算がとれなかったり、必要な人員等を確保できないということになれば、契約の途中で撤退することも十分あり得るのであって、これにより住民サービスの著しい低下を招くこととなる。

実際に受託企業の途中撤退は各地で発生している。静岡県浜松市では2015年4月、給食調理を民間企業に委託したところ、新学期の直前になって市が求める基準での調理員が確保できなくなったとして撤退が表明され、一学期間にわたって給食が実施できない事態となった。また、大阪市では区役所の窓口業務を民間委託したが、2018年、受託企業が事業の採算がとれなくなったとして撤退を表明し、代わりの業者が決まらずに、区役所内のほかの職員を動員して窓口業務を行わざるを得なかった。

(4) コスト増のおそれ

民間委託が直営よりもコストを削減できるとは限らない。

学校給食調理では民間委託の結果、かえって経費が膨らんでいる自治体が少なくない。また、委託料には、人件費に加えて企業の利益が「管理経費」などの名目で加算されることになり、結局、直営の時よりもコストが高くなるおそれがあり、かえって住民サービスの低下を招くことになる。

6 臨時・非常勤の大量の雇い止めのおそれ

提案書は「職の廃止後に就労を希望する嘱託員に対して、就職活動に向けたできるだけの支援を行うことが重要であると認識しています」とする。しかし、これは、介護保険認定給付業務に関わってきた職員が他の職へ就職することを前提としている。そのような取扱いは、5(2)に述べた専門性・継続性の喪失の観点から許されない。

また、仮に受託する民間事業者への雇用の継続の道があるとしても、雇用の継続を希望する職員全員が受託する民間事業者に雇用される保障はない。また、雇用されたとしても、従前の賃金・労働条件が維持される保障はどこにもない。それどころか、地方自治体が委託費を削減したり、受託企業が営利優先の経営を行えば、賃金などの労働条件が低下することは必至である。委託契約は単年度契約が多く、期限が到来する度に入札やプロポーザルなどでコスト削減競争が行われれば、労働条件はいっそう低下することになる。入札等の結果、受託業者が入れ替われば、そのたびに大量の雇い止めが発生することになる。このような低賃金化や大量の雇い止めの発生は、地域経済にとっても、自治体財政にとっても、大きな損失である。

7 結論

このように地方自治体における公務の運営においては、安易な民間委託への移行は、偽装請負となるおそれがあり、各種法令にも抵触し、しかも、住民サービスが低下するおそれがあって、「住民の福祉の増進を図ること」という地方自治法1条の2の趣旨にも逆行するものであって、地方自治体がその公的責任を放棄するものに等しい。

公務員を「全国民の奉仕者」とした憲法15条の理念に照らし、自治体が責任を持って実施すべき業務は、任期の定めのない常勤職員を中心として運営するという原則に立ち返るべきであり、安易な民間への委託は行うべきではない。

以 上