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2021年06月02日

ザ・しょくば【2021.6.1.】

ハラスメント被害を受けたことがあるから、私は被害者だと思っていた。だが、同時に加害者の私もいたことに気づかされたという出来事があった。▼例えばいじめ。いじめられた方は鮮明に覚えているものであるが、一方のいじめた方は「いじめたつもりはない」と主張することが多い。つまり「これはいじめだ」と感じているのは、いじめられた一方だけであることから、動もすると、加害者被害者どちらの側にも容易にすり替わることを意味するのではないか。いじめた方は無意識であるから、極端な言い方をすれば、いじめられないと気づくことができない。上下関係だけが強調される構造故、お互いが相手の気持ちを尊重しないと、強者弱者の分断から歩み寄ることは困難であろう。▼ある時「お母さんっていつもそうなんやから」と娘に泣きわめかれた。私はとっさに「ごめん。あなたのせいだという意味ではないし、あなたに向かって言ったのとは違う」と、加害者の台詞を口にしていた。自分で自分に驚いた。私は被害を受けるばかりだと思い込んでいたから。自分では独り言のつもりだったから。ハラスメントは言葉の暴力だけではなく、「圧」による暴力もあり、自分の中にもあることを知った。「圧」は、態度や言葉などでごまかすことができないけど、人と接するときにはいつも意識しておこうとこころに決めた。▼今日は母の日。みんないつもごめん。(増田好子)