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2016年09月01日

原水爆禁止2016世界大会 広島

被爆者の声が世界を動かす
核兵器廃絶署名を成功させよう

 8月6日・9日、広島と長崎に原爆が投下されて71年が経ちました。今年は憲法が公布されて70年、そして市職労が結成されて70年です。核兵器のない平和で公正な世界を求める運動を積み重ねてきた歴史でもあります。
 今年も8月4日から6日にかけて、「原水爆禁止2016年世界大会」が広島で開催されました。京都市職労からも16人の代表団を派遣して、大会を成功させました。

共同の運動が世界を動かす

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 「原水爆禁止2016年世界大会」は、快晴の3日間となりました。開会総会では、内外の被爆者が呼びかけた「核兵器廃絶国際署名」の意義が語られ、ベトナムでもすでに8万筆の署名を集めたという報告や、パレスチナでも文字通り命をかけての署名の取り組みが報告さました。また、広島では二つの広島県原爆被害者団体協議会をはじめ、被爆者7団体が共同で取り組むという画期的な流れが生まれていることも報告され、横断幕を手にした登壇で会場は沸きました。
 今年はオバマ大統領が初めて広島を訪問したこともあり、アメリカの代表団からは、直接オバマ大統領へ働きかけてきた経過と「被爆者の声が世界を動かしていることへの確信を強めよう」と語られました。

被爆者の思いを継承していくこと

 2日目には、それぞれのテーマごとに分かれて分科会へ参加し、学習を深めました。
 また閉会総会後には、平和公園内の碑めぐりを語り部の伊藤るり子さんの案内で行ないました。伊藤さんは12歳のときに原爆にあい、当時の過酷な様子を振り返りながら、語られました。
 被爆者は高齢で、平均年齢が80歳を超える状況になっています。それでも被爆者が先頭になって、署名や語り部として根強く活動されています。
 核兵器のない平和で公正な世界を求めて、私たち京都市職労は継続して運動を強めていきます。

 

被爆者の声、直接聞いて

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 京都市職労独自のオプション企画として、平和公園内の碑めぐりを語り部の伊藤るり子さんの案内で行ないました。
 伊藤るり子さんは、12歳のときに原爆の被害にあいました。なんとか直撃は免れたものの、怪我人の手当てなどで被爆されました。
 平和公園内には、7万人の遺骨が眠る原爆供養塔や、代表団が折り鶴を捧げた原爆の子の像など、様々な遺跡や原爆の碑があります。その一つひとつに被害にあわれた方の無念を思い、「二度と戦争は繰り返さない」という誓いがこめられています。

一つひとつの碑に歴史の背景がある

 世界遺産に指定された核兵器廃絶のシンボルとなっている原爆ドームは、当時は内務省の土木出張所などになっており、建物内で勤務していた多くの公務員が命を落としました。
 原爆の碑は、日本人を慰霊するものだけではありません。祖国を奪われ、異郷の地で被爆、犠牲となった韓国人原爆犠牲者慰霊碑もあります。強制連行や創氏改名により祖国の名前を奪われた人たちも、原爆の犠牲になりました。日本がおかした加害の実態も考えさせられました。